
「為替の鎖」:為銀主義とその影響
第二次世界大戦後、日本は壊滅的な被害を受け、経済も疲弊していました。しかし、国民の努力と国際社会の支援もあり、日本は復興への道を歩み始めます。 この復興期において、経済の安定化は喫緊の課題でした。 なぜなら、当時の日本は貿易を通じて海外から資源や物資を輸入する必要があり、その支払いに必要な外貨が不足していたからです。 そこで政府は、乏しい外貨を有効活用し、経済の安定化を図るため、「為替管理」という政策を採用しました。
1949年に施行された「外国為替及び外国貿易管理法(外為法)」に基づき、政府は貿易や資本取引に伴う外貨のやり取りを厳しく制限しました。これが「為銀主義」と呼ばれる制度です。 この制度の下では、輸出企業は稼いだ外貨を政府にすべて売却し、輸入企業は必要な外貨を政府から買い取る必要がありました。 また、海外への投資や送金も厳しく制限されました。
為替管理は、戦後の混乱期において、日本経済の復興と安定に大きく貢献しました。外貨の流出を抑制することで輸入に必要な外貨を確保し、国内産業の育成を促進することができました。 しかし、一方で、政府による過度な介入は、自由な経済活動を阻害する要因ともなりました。 その後、日本経済が高度成長期を迎えると、為替管理は徐々に緩和され、1970年代には変動相場制へと移行していきます。